マンガ・アニメおたくの義姉は中年ニート。そんな義姉にわきおこった自閉症疑惑!!はたして義姉はアスペルガーなのか!? 個性的な義家族に巻き込まれた私のこれからと義姉の行く末。
タイトルを変えて
2008年07月31日 (木) | 編集 |
思うところがあって『立場が逆転するとき』という記事を消していた。

内容はともかくも、このタイトルって上から目線すぎやしないかと、upするとき少しためらいがあったのだ。
逆転というと追い越していく方が(これまた問題ありの表現かな)勝ちみたいに受け取られるかもしれない。

誰が勝ちで誰が負けとか

誰が上で誰が下とか

そういう事を言いたいわけではなかった。



削除してもうすぐ1ヵ月。

またまた思うところがあってタイトルを『それぞれに』と変えて内容を少し編集してupしています。





Pさん、お気を使わせてしまったでしょうか。
ごめんなさいね。


  

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それぞれに
2008年07月31日 (木) | 編集 |
この記事は以前『立場が逆転するとき』というタイトルでした。
タイトルを変え一部編集しています。





☆次郎は子供の頃ネマキと一緒に遊んだ記憶があまりないそうだ。しかし宿題や勉強はよく手伝ってくれたり教えてくれていたらしい。

子供が苦手な子供(?)だった☆次郎と違って、ネマキは近所に住む10歳前後年下の従兄弟たちともよく遊んであげていた。


私は昔のアルバムや☆次郎の思い出話から子供時代のネマキを想像することしかできないが、小学生の頃のネマキはどちらかというと生きいきしているように見える。


ただ、周りの子供たちが自分の世界を持つようになると距離が生まれるのだ。


昔はネマキより知恵もなく勉強もできなかった従弟は営業マンとしてバリバリ働き、もう1人の従妹は結婚をし子を産み育てている。

それぞれにそれぞれの生き方をしている。


  

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きょうだいの関係
2008年07月29日 (火) | 編集 |
当事者ブログや関係者ブログを読んでもきょうだい関係やきょうだいエピソードについて書かれているものは少ないような気がする。

今回は義姉と☆次郎の関係だけを取って書いてみようと思う。


私には姉がいる。
小学生の頃はあまり話が合わなかったが私が成長するにしたがって話が合うようになった。
友達のこと。気になる男の子のこと。学校の先生や親に対する不満や愚痴。好きな音楽の話題。服や髪型や化粧品の話題。ショッピング等々。
年頃の姉妹はそれなりに話題が多いのだ。


ネマキと☆次郎は姉と弟だ。
姉と弟のきょうだいはどんなものなのか。
男きょうだいがいない私はいまいちピンと来ない。

しかしきょうだいの関係にピンとこない奴がもう1人いた。
☆次郎だ。

☆次郎は中学生になった頃からか、なんとなくネマキが変わり者に見えてきたそうだ。
話題はテレビ。
☆次郎が興味あろうがなかろうがネマキがテレビドラマの話題を一方的に話すのみ。
たまに☆次郎が見逃したドラマのあらすじを聞こうものならドラマの放送時間分あらすじを聞かねばならない程だ。
それ以外のことに話題を振ってもネマキはなびかず、必ず自分の話したいことに話題を押し戻す。

「なんか違うなぁ。」
と思いながら、「まぁ、あいつはそういう奴やし。」で☆次郎は納得するようにしていたらしい。


話題はマンガとテレビ。
これといったエピソードのない姉弟である。



  

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今日は祇園祭だから
2008年07月17日 (木) | 編集 |
私は小中学校は地元の大阪の学校へ行き、高校は大阪から京都市内にある女子高に通った。

友人6人の内4人が京都市内に住んでいる子だった。
その4人のお家の家業がこれまたユニークなのだ。

お寺の娘。

西陣の呉服屋の娘。

京友禅の職人の娘。

祇園の小料理屋の娘。

ほらね。いかにも京都らしいでしょ。


ここでちょっと思い出話を。

小料理屋の娘のお家(お店)は本格的な京都の町家。
学校帰りに2,3度遊びに行ったことがある。
私はこんな家に住んでいる彼女がうらやましくてしょうがなかった。本人は「こんなの古臭い。マンションにすみたい!」なんて言ってたけれど。

石畳の細長い土間を抜けた一番奥が彼女の部屋。
ミッキーやミニーちゃんがゴロゴロする部屋の窓を開けると雰囲気のある太目の縦格子があって、花見小路に向かって窓を開けたまま道行く人なんて気にせずに芸妓さんごっこをしたっけ。
とはいっても、盛り上がっていたのは私で部屋の主は見慣れた風景に感動することもなく呆れていたけどね。
懐かしいな〜ビバ京都!ビバ若かった頃の私!


失礼しました。今日は祇園祭。
なので色々と昔のことを思い出してしまった。
さてと、思い出話はこの辺にしておいて。


クラスには色んな職業を生業とする家庭の娘がいた。
たしか老舗の京菓子店の娘や、京象嵌の職人の娘もいたと思う。

私が知っているだけでもこれだけいたのだから、一体クラスには、いや京都市内にはどれだけの商人や伝統工芸職人がウジャウジャしているのか。


以前テレビで京都の茶筒職人さんと襖の引き手職人さんの仕事を見た事がある。
1人黙々と小さな金槌でトントン、カチカチと作業を続ける。

職人さんは「まぁ、1日中こんな事しとりますねん。」
照れ隠しなのかそんなことを言っていた。
生活の中に溶け込んだ作品は目立たないかもしれないけれど、一度眺め触れてみると彼らの作品はため息が出るほど素晴らしいのだ。


話がまたそれるが、昭和レトロ好きな私。
こんな懐かしい手芸本をみつけ、そこのレビューに目がとまった。


スウェーデン刺しゅうスウェーデン刺しゅう
(2003/05)
久家 道子

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昔はどの家庭にもあったようなスウェーデン刺繍なのに参考にする本がなくて探しまわりました。
子どもが知的障害をともなう自閉症のため心障学級に在籍しています。学級の指導で直線を色とりどりの糸でさしてきたのに感動、今はかなり複雑なものをさせるようになりました。
学級の先生もこの本を参考にされているとのことでした。
視線集中や手先の訓練など子どもの療育にもこれは役立ちますし、親も一緒に楽しむことができます。
療育ということから離れても本書の中には特に難しい技術は必要ないのにすばらしい出来上がりになる作品もありきっとみなさんも満足されることでしょう



昔は機を織るのも、刺繍するのも、着物を縫うのもすべて手作業だった。
もしかしたら自閉症の人は昔の方が暮らしやすかった(生計をたてやすい)かもしれないとふと思う。



  

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静かなパニック
2008年06月30日 (月) | 編集 |
前回の記事「パニックについての誤解」でも書いた通り、私はパニックには静かなパニックがあるのだと認識した。


義姉が私を無視して目の前を通り過ぎるときの義姉の表情を思い出してみる。

顔はうつむき加減、瞬きを忘れているように目は静かに見開いていて一点を見つめている。
それは何かを凝視しているのではなく焦点を合わせず宙を凝視しているようにも見える。

私は今までのネマキの解せぬ振る舞いを思い出してみた。
思いおこして整理していくうちに、ネマキはある状況下でその凍りついた様な表情をすることに気が付いた。

慣れない場所、知らない人、苦手な人などとコミニケーションを取らなければならない時。
偶然の出来事、予期せぬ出来事があった時。
そんな状況になるとネマキの表情は凍りつく。
すぐ側に義母がいない時ほどその様子は顕著に現れる。

今までのネマキの不可解な振る舞いの1つを「点」とすると、思い起こしの作業をしていくうちにその点の数々は同一線上に並んだような気がした。



自閉圏の子供さんがいらっしゃる親御さんのブログにこんな記事があった。
駅前の道で偶然子供に出会ったが子供は偶然の出来事にパニックを起こしたのか、カチコチに固まって知らぬ振りをして通り過ぎていったと。


☆次郎も私も同じ経験がある。
実家の近くで姉弟が出会うことはそれほど珍しい事ではないだろう。
しかしネマキにとってはパニックにつながる予期せぬ出来事。


自閉というキーワードを介して同一線上の点を結ぶときれいな一本の線になるような気がした。



  

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