2008年05月12日 (月) | 編集 |
一昨年の夏の終わり義父は胃ガンのために胃の全摘手術をした。
入院の前日、医者から手術の説明があるので☆次郎と私は病院に向かった。
病院の待合にはすでに義父母と義姉がいた。
私たちは妙にハイテンションになっていて、特に義姉は今までにない雰囲気で私の顔は見ないものの積極的に私の話や言葉にネマキなりのツッコミを入れてきた。
それはけして私の気分を悪くするものではなかったし、その場の雰囲気を悪くするものでもなかった。
大げさかもしれないがはじめて感じた一体感だったかもしれない。
次の日、義父の入院に付き添うため私たち夫婦は☆次郎の実家に向かった。
向こうではすでに準備も済んでいてあとはタクシーが来るまで皆がソワソワして過ごすことになるのだが、ネマキは少し昨日よりも落ち着いているように見えたし、積極的な感じもなくなっていた。
私はネマキに携帯番号やアドレスを聞いておいたほうがいいと思いネマキにその旨を話してみる。
お互いアドレスなどを交換したのだが、その様子を見ていた☆次郎が後日言ったことがおかしかった。
「姉貴、お前にアドレス聞いてたみたいやな。」
この簡単な☆次郎の一言は大きな意味が含まれている。
まず、ネマキが私に話しかけるなんて、これは凄いことだ。
この先緊急事態があるかもしれぬ。それに備えてに違いない。
姉貴も進歩したものだ。
親父の病気が姉貴を成長させたのだろう。
この時点で☆次郎はネマキが私に連絡先の交換を提案していると決め付けている。
たまに☆次郎は身内に対して過大なる甘〜い解釈をするのだ。
四十路近い大人が緊急事態に対応できるように連絡先を交換しあうことが成長なのか?
確かにネマキの場合は進歩なのかもしれないが、義父の大病を代償にせねばならない位なら、この先が思いやられるではないか。
「あのねぇ、なんで私じゃなくてお義姉さんが連絡先を聞いたと思うの?」
私のひとことで☆次郎は夢から覚めた。
はなしを戻そう。
義父の入院当日と手術日当日にネマキと顔を合わせたわけだが、動揺する義母をフォローする役割は私だったし、医師や親戚との対応は☆次郎がやっていた。
ネマキが何か気を利かせて動くなり提案するといったことはまったくなかった。
ネマキはすっかり元のネマキになっていて、こんな時でも義母はネマキの保護者を努め、ネマキはこんな時でも何もせず義母の横にいるだけだった。
ネマキは相変わらず無職で義父母が今でも働いてネマキの食いぶちを稼いでいる。
義父は約2ヶ月の間に10キロ痩せたらしいが、偏屈なのでかなりの痛みがあっても何かと理由をつけ病院に行かなかったそうだ。
偏屈大王の義父を動かすのは難しいと思う。
しかし70歳をまわった義父を見てネマキは何も思わなかったのだろうか。
やせ細っていく義父を見て、親に苦労をかけないように少しは働かなくてはと思わなかったのだろうか。

入院の前日、医者から手術の説明があるので☆次郎と私は病院に向かった。
病院の待合にはすでに義父母と義姉がいた。
私たちは妙にハイテンションになっていて、特に義姉は今までにない雰囲気で私の顔は見ないものの積極的に私の話や言葉にネマキなりのツッコミを入れてきた。
それはけして私の気分を悪くするものではなかったし、その場の雰囲気を悪くするものでもなかった。
大げさかもしれないがはじめて感じた一体感だったかもしれない。
次の日、義父の入院に付き添うため私たち夫婦は☆次郎の実家に向かった。
向こうではすでに準備も済んでいてあとはタクシーが来るまで皆がソワソワして過ごすことになるのだが、ネマキは少し昨日よりも落ち着いているように見えたし、積極的な感じもなくなっていた。
私はネマキに携帯番号やアドレスを聞いておいたほうがいいと思いネマキにその旨を話してみる。
お互いアドレスなどを交換したのだが、その様子を見ていた☆次郎が後日言ったことがおかしかった。
「姉貴、お前にアドレス聞いてたみたいやな。」
この簡単な☆次郎の一言は大きな意味が含まれている。
まず、ネマキが私に話しかけるなんて、これは凄いことだ。
この先緊急事態があるかもしれぬ。それに備えてに違いない。
姉貴も進歩したものだ。
親父の病気が姉貴を成長させたのだろう。
この時点で☆次郎はネマキが私に連絡先の交換を提案していると決め付けている。
たまに☆次郎は身内に対して過大なる甘〜い解釈をするのだ。
四十路近い大人が緊急事態に対応できるように連絡先を交換しあうことが成長なのか?
確かにネマキの場合は進歩なのかもしれないが、義父の大病を代償にせねばならない位なら、この先が思いやられるではないか。
「あのねぇ、なんで私じゃなくてお義姉さんが連絡先を聞いたと思うの?」
私のひとことで☆次郎は夢から覚めた。
はなしを戻そう。
義父の入院当日と手術日当日にネマキと顔を合わせたわけだが、動揺する義母をフォローする役割は私だったし、医師や親戚との対応は☆次郎がやっていた。
ネマキが何か気を利かせて動くなり提案するといったことはまったくなかった。
ネマキはすっかり元のネマキになっていて、こんな時でも義母はネマキの保護者を努め、ネマキはこんな時でも何もせず義母の横にいるだけだった。
ネマキは相変わらず無職で義父母が今でも働いてネマキの食いぶちを稼いでいる。
義父は約2ヶ月の間に10キロ痩せたらしいが、偏屈なのでかなりの痛みがあっても何かと理由をつけ病院に行かなかったそうだ。
偏屈大王の義父を動かすのは難しいと思う。
しかし70歳をまわった義父を見てネマキは何も思わなかったのだろうか。
やせ細っていく義父を見て、親に苦労をかけないように少しは働かなくてはと思わなかったのだろうか。

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