マンガ・アニメおたくの義姉は中年ニート。そんな義姉にわきおこった自閉症疑惑!!はたして義姉はアスペルガーなのか!? 個性的な義家族に巻き込まれた私のこれからと義姉の行く末。
自分のふんどしで相撲をとる
2008年05月31日 (土) | 編集 |
ただいまコメント欄を閉じています。
コメントいただいた方にはすべてお返事しているのですが今は読めなくなっています。ごめんなさい。




コメントには色んなコメントがあります。
応援、、共感、反論、などなど
自分と違う意見があっても当然だと思います。

立場が大きく違うと考え方も違います。
異論反論あるでしょう。
それを聞く耳は一応あるつもりでしたが、要求ばかりを突きつけられてもそれには答えられません。


ある方が私の知識は無知に毛が生えたようなものなのでもっと勉強してくださいと、そして親にとって他人の無理解がどれだけつらいかと何度も訴えてこられました。
そしてその中には

>迷惑をこうむっていると言う事実だけに終始しないでどうしたらみんながうまくいけるようになるか、そのことを語ってほしかった。

という内容がありました。

あのね、無知に毛が生えた知識というのは認めます。
他人の無理解をつらく感じるというのも解るつもりでいます。
でも妙案を提示することもせずに、語ってほしい というのはどうでしょう。
もし語ったとしても、あなたの満足のいくものにはならないと思います。
他人のふんどし使うより、自分のふんどしですよ。

私は自分の家族の事で手一杯です。
どうすればうまくいくかは私も模索中ですが、あなたの家族のために語るのは責任が重い。

私の無知や無理解を責めるより、あなたの豊富な知識でもって発信源になってみてはいかがですか。
「どうしたらみんながうまくいけるようになるか」を私に語らせるのではなくて、その場所で御自分で考えて語ってください。

私のブログみたいな弱小ブログを相手にしている場合ではないですよ。
そうやって御自分で語っていくことで世間の無理解が少しでもなくなっていくのではないでしょうか。


なんだか、えらそうですね・・・
刺々しかったですか、きつかったですね。みなさんごめんなさい。

なにか一人の人に対して反撃しているような形になってしまいましたが、異論反論コメントにはなぜだか、こうしてください。ああしてください。という要求が含まれていることが多いのです。
ですから一例として引用させていただきました。



これから「ぎしどこ」もどうしていこうかと思案中です。


  

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マヨネーズがない (2)
2008年05月28日 (水) | 編集 |
10年前にも義姉の「マヨネーズがない。」的な発言はあった。
でもあの時は今のようにここまで重たく沈んだ気持ちにはならなかった。
やはりまだ義父母が元気だったからだろう。

この【マヨネーズがない的発言】。
義姉がどういうつもりで発しているのかは解らない。
ただ、その発言をする側、受ける側がどういう状況にあるかでその発言の意味の重さが大きく変わってくるのではないかと思う。


◎ 小学生の子供がまだ健康で若い親に発言した場合。

◎ 連日仕事で脳も身体も疲れきった娘(または息子)が「外で気を使っているんだもん。家でくらい気を抜いたっていいじゃん。」という気持ちから、つい甘えて中高年の親に発言した場合。

◎ ひきこもりでなお且つ家事をしない。それほど疲労していない娘(または息子)が、仕事も家事もしなくてはいけない老齢で身体が弱くなってきた親に発言した場合。


どうだろう。
同じ「マヨネーズがない。」という言葉も大きく印象が違ってくる。





この先の文章がどうも上手く書けない。
書いては消し、書いては消しを繰り返している。
せっかく書いたので今日はここまでで。


  

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マヨネーズがない (1)
2008年05月22日 (木) | 編集 |
私たちが義実家に行くと義姉は隣の続き部屋にあるコタツテーブルで一人離れて食事をする。

ネマキはテーブルに食事が並ぶまでどしりと腰をおろしたままテレビを見ている。

以前にも書いたが義実家はかなり狭いうえに物が多い。
収納場所よりも物の量が上回っているので茶の間の狭いテーブルの上も物置き状態になっている。

食卓は新聞紙を縦半分に折った分位しかないので、当然皿の枚数が少なくて済むように各自で小皿に取り分ける方式の食卓になるわけだが、上げ膳据え膳のネマキ殿は取り分け作業などはまったくしない。


義母は私たちが来る時、エビフライとヒレカツとキャベツのサラダを作ってくれる。
炊事係の義母が食事の支度をして、第一給仕兼ホステス役の私は義父の話し相手をしながら食卓を整える。
そして第二給仕の義父が小皿にエビやカツ、もう一枚にキャベツやトマトなどを取り分けネマキに渡す。
以前は私がネマキの前に小皿やソースを置いたりするときもあったが、アホらしくなったのでもうそんな事はしていない。
今ではいそいそと義父が給仕しているようだ。



昔は☆次郎が義母を気づかい手伝いをしようと腰をあげると

「男子厨房に入るべからず!!」

義父はそう言って☆次郎を静止していたらしい。

(ここで言っておくが、義父はそういう教育論があるわけではない。ただそういう台詞を言ってふんぞり返りたいだけの気分屋なのだ。それを証拠に女子であるネマキは厨房に入らずとも許されていたのだから。)


そんな義父も今では

「ネマキ子〜。はいはい、おかずやで〜。」
「はい、これ箸。」
「はいはい、ご飯きたで〜。」

こんなことを言いながら、茶碗や皿をネマキに渡している。
ネマキはというと無言のままテレビを見ている。

そして一通り揃って食べようとなったところでネマキははじめて口を開く。



「マヨネーズがない。」







この「マヨネーズがない。」という一言。
食事時にネマキがよくつぶやく言葉。

なぜなら義父母はマヨネーズをあまり使わないので食卓に出し忘れるのだ。
ほとんどの場合は義母が立ち上がり冷蔵庫からマヨネーズを出してネマキに差し出すのだが、それでもネマキは礼を言わない。無言である。



義母は最近膝の手術をした。
手術する数年前から膝の曲げ伸ばしが辛く、腰をあげるときは「ヨッコイショ。」腰をおろす時は「アイタタタ・・・」と言うことが多くなっていた。
階段の上り下りも辛そうだ。
調子の悪い時は杖を使って歩行しているらしい。
もちろんネマキはそれらの事を承知しているはずだ。

しかしネマキは「マヨネーズがない。」と今でもつぶやく。

義母は「ヨッコイショ。」と痛い膝をかばいながら立ち上がりマヨネーズを取りにいき、それをネマキに渡すと「アイタタタ・・・」と言いながら腰をおろす。






私はこのブログをはじめる前からこの話を記事にしたかった。
ネマキと義父母を見続けることで私の心の中にはモヤモヤとした感情が澱のように沈んで溜まっていくばかり。
理解しがたいネマキの心ない(どうしてもそう思えてしまう)言動。納得いかない義父母の対応。


しかし、アスペルガー症候群という障害を知ってしまったせいで私は書くことが怖くなった。
私の疑問や本音を書いてしまうことは当事者を傷つけ非難することになってしまうのではないかと怖気づいたのだ。
おまけに義姉は自閉圏者の特徴を多く持っているとはいえ(これも私や☆次郎の判断でしかないが)現在未診断、そしてこの先も未診断のままの可能性が高い。

一体どうすればいいのか。



ひとまず終わりますが。。。
  <つづく>


  

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義姉の悪い癖
2008年05月19日 (月) | 編集 |
これだけはなんとしてでも改めて欲しい。
義姉にはそんな悪癖がある。

義姉の悪癖。それはふくれっ面とそれに合わせて出るひとり言。

唇をとがらせ頬をふくらませる

怒ったようなスネたような感情を表すときマンガではこう描くのではないだろうか。

ちょっとした頼み事をした場合などにふくれっ面をするネマキ。
このふくれっ面に不満気なひとり言が混ざると、それを見聞きした人間はたちまち嫌な気分になってしまう。


義父はそのふくれっ面を見ると「なんだその態度は!」とネマキの子供時代にはよく怒っていたらしい。
(いつからなんだろう。誰も何も言わなくなったのは)

義母にしても☆次郎にしてもこのふくれっ面に、うんざりしていたそうだ。
義母は働いていたので時間の都合がつかない時など郵便局に行ったりする簡単な用事をネマキに頼んでいたのだが、頼むたびに嫌そうな顔をするので根負けして次第に☆次郎にやらせるようになったらしい。
ネマキは家の手伝いをこのふくれっ面をやり続けることで免れてきたといってもいいだろう。



さて、このふくれっ面のひとり言なのだが、ひとり言の部分がなかなか聞き取れないのだ。

義実家は必ず大きな音でテレビが点いている。それでなくてもコソコソッと発せられるつぶやきは、テレビの音に紛れてしまい聞こえない。
☆次郎も義父母も知らん顔しているが、私は気になってしかたないのだ。


ある時、チャンスが巡って来た。
義父母たちの無茶苦茶な金銭感覚の生活ぶりを正そうと私たちはネマキを呼び出した。
その時ネマキは働いていたので少しはこんな話し合いも出来るだろうと判断したからだ。

私たちは喫茶店に入る。
ここならうるさいテレビはない。

そして
話の中で☆次郎が
「父親も母親もあんなふうだから、これからは姉弟で先のことを考えていかないとなぁ。」
と言った時、たちまちネマキの顔は例のふくれっ面になった。

私は注意深くネマキの観察を続ける。

ネマキは何も返事をしない。そこで☆次郎がもう一度
「2人で考えていこうよ。」と言ったときだ

ネマキはふくれっ面のまま小さな声、しかも早口で
「なんで私がそんな事しないといけないの・・・(!)」と言ったのだ。

それは☆次郎にも聞こえたらしい。
すかさず「今なんて言ったん?!」とネマキに問う。(口調は優しい)

「いや・・何も言ってない・・」とネマキは答えたが、あきらかに動揺している。

「そんなことないよ。聞こえたよ。いま本心を言ったんやろ。なんて言ったんや?」

「・・・なんにも言ってない・・・」

ネマキは貝のように黙ってしまった。

もし私が実の姉妹ならばとことん追及して説教でもかますんだろうが、☆次郎はこれ以上何も言わず、「ちゃんと考えていこうよ。なっ。」ともう一度ネマキを見て確認するように優しく言った。
しかしネマキは黙りこくったままだった。

今すぐ返事をしなくてもいいから、帰ってじっくり考えて電話して欲しい旨も伝えたが、待てども電話はかかって来なかった。


「なんで私が・・・(!)」
その部分はなんとなく聞こえていたので不満を口にしているのだろうとは思っていたが、これではっきり解った。
表情と言葉は一致する。私はそう解釈した。


それにしても・・・
心にある不満な気持ちを目の前にいる相手に小さな声で吐き出す行為。
指摘されて動揺したということは、自分の発した言葉に気がついていないのか、それともばれていないと思っているのだろうか。


ネマキよ。
あなたは人の顔を見ないで話をするから気が付かないかもしれないけれど、相手はあなたの顔を見て話しているんだよ。
だからあなたの不満気な一言もふくれっ面もすべて見られているんだよ。


  

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義姉から見た私
2008年05月15日 (木) | 編集 |
「思ったより太っていた。」


これネマキが感じた私の第一印象だそうだ。(ほっとけ!)


☆次郎がネマキに私と会ってみて、どう思ったか聞いてみるとこう答えたらしい。
スマートではなかったかもしれないが当時私はMサイズの服を着ていた。(ウエストきつかったけど・・・)
スマートではないネマキに太いと指摘されるほどでもない。

ではなぜネマキが私のことをかなり痩せた女性と想像していたのか。
これは義父の吐いていた言葉が影響していると思う。

義父は私のことを、子供が産めない女と決め付けていた。
その言葉を聞いたネマキは、
子供が産めない→病弱→不健康なまでに痩せている
そう思い込んでしまったのではないだろうか。



私の人柄について問いかけたつもりの☆次郎。もう一度聞いてみる。


「そういう意味と違う。見かけのことを聞いてるんと違うねん。」

「・・・・・」

「オカンが入院した時、おかずを作って届けてくれたりしたやろ。他にも色々あったはずや。その時どう感じた?」

「・・・・・」

「なんにも感じひんのか?」

「・・・・・美味しかった・・・・」


☆次郎無念。
姉弟の会話はここで終わる。
ネマキは私の人となりなど興味がないのだ。
仕方ない。

その後ネマキは当時見学してきた人体の不思議展について熱心に喋っていたらしい。



  

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半年後と一年後と今
2008年05月14日 (水) | 編集 |
どこかのお国の将軍様のような身体つきをしていた義父。
10キロ痩せたといってもまだまだメタボリックな体型をしていた。
嘘のような話だが義父はこの腹の脂肪に助けられたのだ。

ガンがあちこちに転移しているかもしれない。その時は覚悟するようにと私たちは(義父と義母を除いて)医師から説明を受けていた。
しかし義父の胃の周りの頑固な内臓脂肪たちはあらゆる臓器をがん細胞から守っていたのだ。

半年後
じゃ〜ん!
義父復活!である。
伊達に内臓脂肪を蓄えていたわけではなかったのだ。(高血圧で糖尿気味の義父にとっては諸刃の刃なんだけど・・)
ゆるい抗がん剤は飲んではいるものの義父は元気だ。
体型も体重もすっかり元に戻ってしまった。
大病を経験したことで少しは性格が変わるかと期待していたが相変わらずの偏屈大王のままである。


そしてまた半年。
義父の手術から一年後。
義父母は以前からやっていた近所のアパートの管理人の仕事を2人でしている。
義父も変わらず働けるようになった。

そしてネマキ。
私は義父の手術前後のネマキの態度を見ていて、こりゃだめだ・・・とあきらめていたが、☆次郎は義父の大病がきっかけでネマキも変わるかもしれないと少しの望みを持っていたらしい。

それなのに・・・ネマキは1年経っても無職のままだった。
もしかしたらまだ大丈夫大丈夫などと思っていたのだろうか。





しかしネマキは無職のままではなかった。
ネマキは今年の2月は就労していたのだ。

今はどうしているんだろう。
続いているんだろうか。調子は悪くなっていないだろうか。
う〜む、気になる。
義父母は平気で嘘をつく人だし、今まででも都合が悪くなるとネマキと会わせないようにしていたし、本当のことは解らないだろうな。
☆次郎も私もネマキには拒否られてるしなぁ。
まぁいいか、しばらくほっておこう。


  

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たった1日だけ
2008年05月12日 (月) | 編集 |
一昨年の夏の終わり義父は胃ガンのために胃の全摘手術をした。


入院の前日、医者から手術の説明があるので☆次郎と私は病院に向かった。
病院の待合にはすでに義父母と義姉がいた。
私たちは妙にハイテンションになっていて、特に義姉は今までにない雰囲気で私の顔は見ないものの積極的に私の話や言葉にネマキなりのツッコミを入れてきた。
それはけして私の気分を悪くするものではなかったし、その場の雰囲気を悪くするものでもなかった。
大げさかもしれないがはじめて感じた一体感だったかもしれない。



次の日、義父の入院に付き添うため私たち夫婦は☆次郎の実家に向かった。
向こうではすでに準備も済んでいてあとはタクシーが来るまで皆がソワソワして過ごすことになるのだが、ネマキは少し昨日よりも落ち着いているように見えたし、積極的な感じもなくなっていた。
私はネマキに携帯番号やアドレスを聞いておいたほうがいいと思いネマキにその旨を話してみる。
お互いアドレスなどを交換したのだが、その様子を見ていた☆次郎が後日言ったことがおかしかった。

「姉貴、お前にアドレス聞いてたみたいやな。」

この簡単な☆次郎の一言は大きな意味が含まれている。

まず、ネマキが私に話しかけるなんて、これは凄いことだ。
この先緊急事態があるかもしれぬ。それに備えてに違いない。
姉貴も進歩したものだ。
親父の病気が姉貴を成長させたのだろう。

この時点で☆次郎はネマキが私に連絡先の交換を提案していると決め付けている。
たまに☆次郎は身内に対して過大なる甘〜い解釈をするのだ。

四十路近い大人が緊急事態に対応できるように連絡先を交換しあうことが成長なのか?
確かにネマキの場合は進歩なのかもしれないが、義父の大病を代償にせねばならない位なら、この先が思いやられるではないか。


「あのねぇ、なんで私じゃなくてお義姉さんが連絡先を聞いたと思うの?」

私のひとことで☆次郎は夢から覚めた。



はなしを戻そう。

義父の入院当日と手術日当日にネマキと顔を合わせたわけだが、動揺する義母をフォローする役割は私だったし、医師や親戚との対応は☆次郎がやっていた。
ネマキが何か気を利かせて動くなり提案するといったことはまったくなかった。

ネマキはすっかり元のネマキになっていて、こんな時でも義母はネマキの保護者を努め、ネマキはこんな時でも何もせず義母の横にいるだけだった。



ネマキは相変わらず無職で義父母が今でも働いてネマキの食いぶちを稼いでいる。
義父は約2ヶ月の間に10キロ痩せたらしいが、偏屈なのでかなりの痛みがあっても何かと理由をつけ病院に行かなかったそうだ。
偏屈大王の義父を動かすのは難しいと思う。
しかし70歳をまわった義父を見てネマキは何も思わなかったのだろうか。
やせ細っていく義父を見て、親に苦労をかけないように少しは働かなくてはと思わなかったのだろうか。


  
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礼に始まらず礼に終わらない
2008年05月09日 (金) | 編集 |
たいした話はしていない。
義姉喋る、私聞く。それだけ。
しかし長時間話したわりに内容をあまり覚えていないのは何故なんだろう。
義父も私の興味のない話(義父の武勇伝など)を一方的に話したがるが、内容は結構覚えている。それは義父が私に相槌を求めるからなんだろうな。


さて、引き続き義姉との長電話ばなし。

一番?だったのは数字の話だった。

話の内容がネマキの誕生日になったとき、
(例えばネマキの誕生日が7月8日だったとしよう)

「これは分かりやすい。私のは、7、8。7、8。(笑)7月8日。ナナハチ」

(7、8の何が面白いんだ・・・?)

ネマキの上機嫌なナナハチに私は返事に困ってしまったが、おかまいなしにネマキはまだしつこく同じようなことを繰り返していた。

並んだ数字が分かりやすくて覚えやすい。たぶん・・そうなんだろうけど、それほど面白いことなんだろうか。やっぱりよく解らなかった。


他には何の話をしたっけなぁ。
車の免許があればこんなことも出来るあんなことも出来るって言っていた。
仕事にも役立つとかそんなことも言ってたっけ。
じゃあ免許取るの?って聞くと、ああでもないこうでもないって言ってたなぁ。

経理の学校に通っていたと聞いていたので何か資格がとれたのかと聞いてみたら、様々な資格の説明と資格を取るのは大変難しいということを力説していたっけ。
結局資格を取ったのか取らなかったのかは答えてくれなかったなぁ。

あとはどんな話をしたっけ。
もと同僚の悪口。これはかなりだったなぁ。

そうそう
仕事でクビになったことがあるとネマキの口から聞くとは思っていなかった。
「教えてくれないとわからない(!)」って何度も言ってたっけ。
「教えてくださいっていえばいいのに。」って言うと、「失業保険はすぐもらえるように頼んだ(!)」ってちょっと話が飛んだなぁ。
それにしてもこんな事ははっきり言えるんだ。。。



ネマキとの電話は1時間近く電話が続いた。
時計を見ると午後11時過ぎ。

「あの〜もう時間も遅いので・・・。」と私がきりだすとネマキは「え??」と言って「はぁ・・。」と言った。

わざわざ電話をしてくれてありがとうとか、おやすみなさいとか、さようならの一言もなかった。

ネマキの始りと終わりは大抵「はぁ・・」
本当は私が「はぁ・・・」と言いたいのだ。


  

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「大丈夫、大丈夫!」
2008年05月07日 (水) | 編集 |
またまた義姉と長電話のはなし。

これは私にとってはかなり重い問題だからさらっとかいてしまおうか。

当時義父の年齢は65歳過ぎたところだった。
私は義父が年金未納者だということをうすうす知っていたが、話題が義父の年齢の話になったので、アンタそんな高齢者に食わせてもらってこれからどうするつもりなんだい!?という気持ちも込めてネマキに

「お義父さんはもう年金もらっていておかしくない年齢でしょ。」と言ってみた。

するとネマキは


「え・・?年金は掛けてませんけど。」と平然と答えるではないか。


「いやいや、そういう意味じゃなくて、年金もらっていてもおかしくない年齢になったでしょ。っていう事。」
と私がもう一度言うと、それでもネマキは怪訝そうに


「・・・だから年金は掛けていないんだけど・・・(!)」と言う。

「ねぇ、そうだったら大変な事なんですよ。」と私。

するとネマキは人事のようにあっけらかんと



「大丈夫、大丈夫!まだまだ働ける!元気だし若い若い。」



と言ったのだ。

ひつこく書くがネマキは当時三十路過ぎ。
長い長いニート生活のど真ん中であった。


ネマキに衣食住を与え小遣いまで与えている義父母は一体いつまで元気で働き続けなくてはならないのか。
数年後私たち夫婦もネマキに「大丈夫!大丈夫!」と言われそうで怖い。
でもその時は「大丈夫じゃないですよ。」と答えると思う。



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男は顔!
2008年05月05日 (月) | 編集 |
義母がこんなことを言っていた。

以前義姉にお見合い話があった。
相手は初婚。ネマキより年上。家持ち。がしかし姑と同居が条件。


「アンタは家のことが出来ないから、お姑さんと同居なら料理とかも教えてもらえるからいいよ、って私もネマキ子に言ってみてんけどなぁ、なんか気が進まなかったみたいやから断ることになってん。」

と義母はなんだか残念そうだった。
(ていうか、義母よ、あんたがネマキに教えなくちゃだめなんだよ。普通姑が教えるのは婚家の味であって料理のhow to じゃないんだよ。)


ちなみにネマキは年齢と彼氏いない歴が等しい。

これはたいへん言いにくいのだが・・・
ただ縁がないというだけではなく、ネマキは男性から見て内面的にも外面的にも魅力があるタイプではない。
そしてネマキ本人も自分面磨きにはまったく興味が無い。

義父母もネマキが20代なかば過ぎた頃から娘はもう結婚はダメかもしれない・・・と☆次郎に洩らしていたという。
大の娘びいきの義父母がそう思うのだ。
赤の他人は・・?世の男性は・・・?
その状況下での見合い話。義母は藁にもすがる思いだっただろう。


はなしはネマキに電話した夜に戻る。
ネマキのおしゃべりの内容が結婚にかすった時、私は急いで

「そういえばお義母さんが言ってたけど、お見合いの話あったみたいですね。」と言ってみた。

ネマキはこの話題もOKらしい。なにやら喋っている。
そして驚いたのはネマキは見合い話を無下にしていないというのだ。


「え〜〜!お義母さん、ネマキ子さんが嫌がってるみたいだから見合い話は無くなったって言ってましたよ。」

「そんな、断るも何も写真を見てみないと。とにかく写真。とにかく写真を見ないと(♪)」

「お義母さん、そんなことぜんぜん言ってなかったですよ。」

「写真を見ないとわからない。とにかく写真、と・に・か・く(!)写真。」

(なんか嬉しそうだな・・・相手の見た目もきになるんだろうけど、条件は気にならないのかなぁ)



「でも姑さんと同居しないといけなかったみたいですよ。」
私はちょっと条件についても触れてみた。

「家の事は教えてもらえるからいいんじゃないかって言われたから。」
とネマキはこともなげに答える。

(えらく簡単に答えるじゃないの。大事な事だよ。同居ってどういうものか想像できないの?アンタ他人が苦手なんでしょ。その他人と住まなきゃいけないんだよ。)


「相手の方はどんな仕事をされているのかな。」

「それより写真を見ないと。とにかく写真を(♪)写真を見てみないとわからないから(♪)」




後日、義母と会って話す機会があったのでこの話をしてみた。

「お義母さん、ネマキ子さんお見合い嫌じゃなかったみたいですよ。」

「え〜、あの子そんなこと何も言ってなかったよぉ。」

「写真を見てみないとわからないって。写真写真って言うてはりました。」

「・・・・・」

「とにかく写真、とにかく写真って何回も言うてはりましたよ。」(私も相当しつこい)

「・・・あのなぁ、あの子面食いやねん。真田広之が好きでなぁ、真田広之以下は嫌やねんて・・・。」




お義母さん、一体それはいつの話ですか。
真田さんは古いです。

私は知っていますよ。
少し前はKinKi Kids。今ではKAT−TUNが好きなんですよ。ハイ。
というよりもジャニーズ全般大好きです。
要するに若くていい男、イケメン好きなんですよ。


ネマキにとって結婚ってなんなんだろう。
苦手な家事も姑との同居も気にしない。
結婚とはイケメンを愛でる極上の生活。
まさかこんなこと考えてる?



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義姉と長電話
2008年05月02日 (金) | 編集 |
さあ、いよいよ義姉ひとりの夜、1日目である。

その日は平日。
私は夕食を済ませた☆次郎に「そろそろ電話したほうがいいよ。」と促した。

気分の乗らない☆次郎だがそこはきょうだい。
それなりにこなす。時間は15分程度だっただろうか。

「何話してたの?」と私が訊ねても
「え〜、わからん。あいつが勝手に喋ってただけや。」と答える。
「じゃあ、何を喋ってたんよ。」
「もう!わからん。」

ネマキに関する話題を突っつくと☆次郎は決まってこれ以上聞いてくれるなという空気をだす。
しかしこの数日後、はからずもこの私が☆次郎と同じ気持ち、いや、それ以上の脱力感を味わうことになろうとは・・・


2日目の夜。
☆次郎、ビールを飲んで寝る。いくら起こしても起きてくれない。


そして3日目。
☆次郎、ビールを飲んで寝る。いくら起こしても起きてくれない。避けているのか?
昨日も電話していないのに。
仕方ない。私が電話をしようではないか。



「はい、○○です。」

「もしもし、ちゃ〜こですけど。」

「・・・・・」

「こんばんわ。」

「・・・はぁ。」


いつもの調子だ。

(こっちが挨拶してるんだから挨拶して返せよ。)


私が義母から頼まれて電話をした、そして義母がネマキのことをとても心配していた旨を伝えると、ネマキは「別にそんなに心配しなくてもいいのに」と意外とまともなことを答えた。

ネマキが電話を切る気持ちが感じられなかったので、私は少し話してみることにした。

「一度こっちに来ませんか?」
無謀かもしれないが私はネマキを食事に誘ってみる。
するとネマキは何か色々な返事をした。
要するに義父母は予定を早めて一日前倒しで帰ってくる。あと1日なので食事などいらないということだ。


電話口のネマキはそれほど愛想は悪くない。
私はネマキがひとりで何を食べているのか気になったので義父母が留守の間、食事はどうしているのか聞いてみると。。。

ネマキ、喋る。かなり喋る。
私を相手に話しなどしないはずなのに、なんだこりゃ。

しかしどうも話がかみ合わない。質問にも答えてくれないし話がどんどんずれていく。
私は相槌を入れるタイミングもつかめなかった。
というよりも相槌をうたせてくれないほど話は完全にネマキペースで進んでいくのだ。

話をさえぎって電話をきることもできたのだが、私にはネマキが気分良く喋っているように思えたし、なんとなく好奇心もわいてきたので、こうなったらとことん付き合ってみようかと思った。

ネマキが何をたべたのか、結局のところ解らないままだったが、今度は私が無理矢理話を変えてみた。どうせ話をするのならば私にも解る話をして欲しい。

内容は歯の矯正について。
私がなぜ歯の治療と矯正の話題をだしたのかというと、以前義母からネマキは歯の矯正が終わってから仕事を探すつもりだというのをちらっと聞いたことがあったからだ。
それから数年、いまだに矯正は終わらずニート生活に甘んじるネマキ。

私は歯の矯正の費用はいくら位するのか、そしてあとどのくらいしたら矯正が終わるのかをネマキに訊ねてみた。

ネマキ、その話に食いつく。機嫌は良い。
まず聞いてもいない予約の取り方や病院内の治療椅子の並び方まで事細かに説明をしだす。
質問の答えを導くため私は努力するものの、話は歯の磨き方などに脱線。あとは覚えていない。
覚えているのは結局私の質問には答えてもらえなかったことだ。


しかし電話はまだまだ続く。
たくさん有りすぎて一度に書けないので、これからの記事に絡めて書いていきたいなと思います。


   <つづく>


今回の長電話で感じたことは。。。

【私は電話でネマキと話をした】

【ネマキは電話で喋った】

そんな感じ。

私の場合受話器の向こうにはネマキという話し相手が居るのだけれど、ネマキは受話器の向こうに私が存在していたんだろうか、ちょっと疑問。



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