マンガ・アニメおたくの義姉は中年ニート。そんな義姉にわきおこった自閉症疑惑!!はたして義姉はアスペルガーなのか!? 個性的な義家族に巻き込まれた私のこれからと義姉の行く末。
今日は祇園祭だから
2008年07月17日 (木) | 編集 |
私は小中学校は地元の大阪の学校へ行き、高校は大阪から京都市内にある女子高に通った。

友人6人の内4人が京都市内に住んでいる子だった。
その4人のお家の家業がこれまたユニークなのだ。

お寺の娘。

西陣の呉服屋の娘。

京友禅の職人の娘。

祇園の小料理屋の娘。

ほらね。いかにも京都らしいでしょ。


ここでちょっと思い出話を。

小料理屋の娘のお家(お店)は本格的な京都の町家。
学校帰りに2,3度遊びに行ったことがある。
私はこんな家に住んでいる彼女がうらやましくてしょうがなかった。本人は「こんなの古臭い。マンションにすみたい!」なんて言ってたけれど。

石畳の細長い土間を抜けた一番奥が彼女の部屋。
ミッキーやミニーちゃんがゴロゴロする部屋の窓を開けると雰囲気のある太目の縦格子があって、花見小路に向かって窓を開けたまま道行く人なんて気にせずに芸妓さんごっこをしたっけ。
とはいっても、盛り上がっていたのは私で部屋の主は見慣れた風景に感動することもなく呆れていたけどね。
懐かしいな〜ビバ京都!ビバ若かった頃の私!


失礼しました。今日は祇園祭。
なので色々と昔のことを思い出してしまった。
さてと、思い出話はこの辺にしておいて。


クラスには色んな職業を生業とする家庭の娘がいた。
たしか老舗の京菓子店の娘や、京象嵌の職人の娘もいたと思う。

私が知っているだけでもこれだけいたのだから、一体クラスには、いや京都市内にはどれだけの商人や伝統工芸職人がウジャウジャしているのか。


以前テレビで京都の茶筒職人さんと襖の引き手職人さんの仕事を見た事がある。
1人黙々と小さな金槌でトントン、カチカチと作業を続ける。

職人さんは「まぁ、1日中こんな事しとりますねん。」
照れ隠しなのかそんなことを言っていた。
生活の中に溶け込んだ作品は目立たないかもしれないけれど、一度眺め触れてみると彼らの作品はため息が出るほど素晴らしいのだ。


話がまたそれるが、昭和レトロ好きな私。
こんな懐かしい手芸本をみつけ、そこのレビューに目がとまった。


スウェーデン刺しゅうスウェーデン刺しゅう
(2003/05)
久家 道子

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昔はどの家庭にもあったようなスウェーデン刺繍なのに参考にする本がなくて探しまわりました。
子どもが知的障害をともなう自閉症のため心障学級に在籍しています。学級の指導で直線を色とりどりの糸でさしてきたのに感動、今はかなり複雑なものをさせるようになりました。
学級の先生もこの本を参考にされているとのことでした。
視線集中や手先の訓練など子どもの療育にもこれは役立ちますし、親も一緒に楽しむことができます。
療育ということから離れても本書の中には特に難しい技術は必要ないのにすばらしい出来上がりになる作品もありきっとみなさんも満足されることでしょう



昔は機を織るのも、刺繍するのも、着物を縫うのもすべて手作業だった。
もしかしたら自閉症の人は昔の方が暮らしやすかったかもしれないとふと思う。



  

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静かなパニック
2008年06月30日 (月) | 編集 |
前回の記事「パニックについての誤解」でも書いた通り、私はパニックには静かなパニックがあるのだと認識した。


義姉が私を無視して目の前を通り過ぎるときの義姉の表情を思い出してみる。

顔はうつむき加減、瞬きを忘れているように目は静かに見開いていて一点を見つめている。
それは何かを凝視しているのではなく焦点を合わせず宙を凝視しているようにも見える。

私は今までのネマキの解せぬ振る舞いを思い出してみた。
思いおこして整理していくうちに、ネマキはある状況下でその凍りついた様な表情をすることに気が付いた。

慣れない場所、知らない人、苦手な人などとコミニケーションを取らなければならない時。
偶然の出来事、予期せぬ出来事があった時。
そんな状況になるとネマキの表情は凍りつく。
すぐ側に義母がいない時ほどその様子は顕著に現れる。

今までのネマキの不可解な振る舞いの1つを「点」とすると、思い起こしの作業をしていくうちにその点の数々は同一線上に並んだような気がした。



自閉圏の子供さんがいらっしゃる親御さんのブログにこんな記事があった。
駅前の道で偶然子供に出会ったが子供は偶然の出来事にパニックを起こしたのか、カチコチに固まって知らぬ振りをして通り過ぎていったと。


☆次郎も私も同じ経験がある。
実家の近くで姉弟が出会うことはそれほど珍しい事ではないだろう。
しかしネマキにとってはパニックにつながる予期せぬ出来事。


自閉というキーワードを介して同一線上の点を結ぶときれいな一本の線になるような気がした。



  

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パニックについての誤解
2008年06月23日 (月) | 編集 |
誰だって大なり小なりパニックを起こしたことはあるだろう。
(小さな混乱はパニックとは言わないかな)


例えば私。

特定の人の前では極度のあがり性になってしまうので、その時冷静な判断ができなくなりミスをしてしまうことが多い。
これをパニックと言うのかは分からないが、一瞬カッと熱くなる様なときもあるし胸のドキドキが続くときもある。しばらくの間は頭に少し血が昇った状態だ。
きっと相手を意識しすぎて緊張してしまうのだろう。
そんな時私は平静を装ってしまい妙に饒舌になったりする場合もある。


他には自分の苦手な事を急にしなければならなくなった時もパニックになる時がある。
その時は一瞬頭の中が真っ白になる感じ。もちろん言葉も出ない。
前述では頭に血が昇ると書いたが、このときは血の気が引いている感じになる。
しかしそれはきわめて短い時間で(3秒くらい)、それが過ぎれば徐々に頭の中で解決策を考えることが出来る。
もちろんうまい具合に解決できそうにない場合は次第に頭に血が昇ってあたふたしてしまう。



発達障害関連の書籍やHP、ブログなどを読んでいるとパニックについての記述が必ずある。
私は当初パニックについてかなり誤解をしていた。

成人の情報は子供の情報に比べて少ない。私ははじめ子供向けの書籍を読んでいた。
そこにはイラストで子供がパニックになっている様子が描かれてあった。

頭を抱えたり
汗の粒が噴出したり
目は片方が渦巻きになっていたり、もう片方は×印になっていたり
口はギザギザに結ばれていたり、ひょうたん池の形になって泣きそうだったり。。。
なかにはコブシを振り回したり椅子を蹴飛ばしたりしているイラストもあった。

とにかくイラストのなかの子供はいかにも混乱して慌てふためき、時には回りに当り散らし暴れている様子なのだ。


それらのイラストと義姉とは何も結びつかなかった。
☆次郎の子供の頃の記憶からも慌てふためく義姉はいない。
しかし成人当事者や当事者の親御さんのブログなどを読んでいくとそればかりではなかったのだ。


パニックになると固まってしまう。
フリーズした状態になり何も考えられない。
無表情になり言葉も出ない。
子供のときからパニックの時は静かだった。
等々。。

もしかしたら私がパニックになった時に一瞬真っ白になる状態に似ているのだろうか。


大人に限らず子供に限らず、私が専門書で見たイラストとは程遠い【静かなパニック】もあるのだと知った。


    <つづく>


ネットで得られる生の情報は凄いです。

あれっ!!
もうすぐ10000ヒットですにゃ!!

  

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チーズと地図の関係 その2
2008年06月18日 (水) | 編集 |
そんなことよりも私にはもっと気になることがあった。

それは義姉の独特のお喋りだった。
話のついでに☆次郎に訊ねてみる。

「前から思ってたんやけど、お義姉さんはちょっと違うよね。大阪弁でもないし、大阪弁訛りの標準語でもないし。なんなのかなぁ。。。お義母さんに似たのかな。いやぁ・・ちょっと違うかな。。。」

「なんやねん。」

「なんていうかな。。。一本調子というか、抑揚がないというか。。。いつもそういうわけではないんやけど。。。話が長くなるとお経を唱えてるみたいな感じになるというか。。。」


この時点で☆次郎それほど興味なし。
「なまり」の話題は取り方によって馬鹿にしていると勘違いされやすい。
自分の家族の話し言葉やイントネーションなど細かく突かれて楽しいはずはない。
もちろんこの話題も私が疑問を投げかけるだけで終了した。
もっとも義父母たちのなまりに気が付かない☆次郎にネマキの喋りがどうのと言っても解らないだろう。


ネマキの独特の話し方。
これはネマキと対面する前から感じていたことだ。
ネマキのお喋りを初めて聞いたのは、義母が家に留守番電話でメッセージを入れていた後ろで聞こえてきた声だった。


義母は口下手なので当然留守番電話にメッセージを残すのはしどろもどろになってしまう。
そこでネマキがあーでもない、こーでもないと長いツッコミを入れるのだ。
要するに側でずっと喋っているわけだが、聞きなれない少し高音の抑揚のない声が無性に気になった。


そして対面して直にネマキが喋るのを聞いたときも
「一体この違和感は何なのだろう」と感じてしまった。


耳慣れない音調。声の大小ではなくて、発声自体が違うような気がした。
短いセンテンスの場合はそうでもないが、長く喋り続けると単調になっていく。すこし早口で高音の声なのでそれらの特徴がよけいに強調されるのかもしれない。






(1) ASの特徴と義姉の特徴を照らし合わせてみると、「そういえば当てはまっている!」と思うことがある。

(2) 以前から疑問に思っていた義姉の行動や特徴が、ASの特徴に当てはまる。

この2つの内どちらもある。

(1)の場合、私は義姉が何らかの発達障害ではないかと疑っている訳で、無理矢理結びつけて考えてしまう可能性がある。

しかし(2)の場合は、私がネマキと出合ってから十数年間疑問に感じていた事だ。
当時は発達障害という言葉自体も知らなかったので、妙な先入観にとらわれて障害に結び付けようとしているのではない。


AS者の話し方の問題や特徴としてあげられているものは色々とあるが、ネマキの話し方はどれをとってもピタリと当てはまった。

抑揚のない話し方やイントネーションはよく挙げられている特徴だが、音量調節や声の高さなどにも言い及んでいる例もあり、それらともピタリと当てはまった。

そして言葉の特徴の延長にあるコミニケーションの問題では、相手が聞いていようがいまいが、言いたい事を一方的に話す。話し出すと止まらない。という特徴までがピタリとくるのだ。


ネマキの独特な声の調子や喋り方がどうにもこうにも気になっていたのは十数年前。
間違いなく(2)なのだ。
(1)の場合でもドキリとするのだが、(2)の場合はそれよりも衝撃度が増す。そして真実味が増してゆく。
一度(1)と(2)を整理してみようと思う。




NHKの【きらっといきる】や【ハートをつなごう】で成人当事者の方々のお話をテレビでみた時、自然に話す方々だなぁと感じた。
もちろんカメラの前なので緊張感もあるだろう。家族を相手にするときみたいに普段通りに振舞っていらっしゃるのではないかもしれない。なので比べるのは無茶かもしれないが、あえて比べるとしたら、声のトーン、話す所作などネマキの方が数段個性的だ。


  

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チーズと地図の関係 その1
2008年06月10日 (火) | 編集 |
義母と電話で話していた時

「明日○○百貨店にチーズ買いに行くねん。」と義母が言った。

「わ〜すごい。チーズなんて近くのスーパーでしか買ったことないですよ。シャレてますね〜。」と私は調子よく答えた。

「違うねん。近所ではいいのが売ってないねん。」

「そうですね〜。変わったチーズを買うんですか?青かびのチーズとか。」

「???えっ?ち〜ずやで、つ〜ず。」

「はい、チーズでしょ・・・チーズですよね。。。えっ?なんですか?」

「つ〜ず。地〜図やで。」

「・・・あ!・・・・地図ですか〜・・・」


どうりで話が通じないと思った。

そうなのだ。義父母は大阪に住む東北出身者。
義姉と☆次郎は東北なまりの大阪弁を話す両親に育てられた。

私は根っからの大阪人なので義父母の大阪弁が東北なまり混じりであることに気が付いている。
しかしその両親に育てられた☆次郎は生粋の大阪弁を極々普通に話すのだ。



昔、☆次郎に
「お義父さんの訛りはそれほどでもないけど、お義母さんは東北の出身だってすぐ判るよね。」と言ったことがある。

驚いた☆次郎。
「え〜!オカンは田舎に帰った直後は多少うつるし訛るときがあるけど、オヤジは田舎でも周りに釣られんと完璧な大阪弁喋ってるで。」

「いやいや、お義父さん大阪にいてるときも東北入ってるよ。不思議なもんやね。☆次郎は普通の大阪弁やのにね。毎日一緒にいるのに気が付かなかった?」

「全然気付かんかった。」

今度は私が驚いた。
☆次郎は近所に住んでいる叔父さん(義父の弟)の言葉は訛っているので解りにくいと言っていたからだ。
私からしたら義父も叔父さんもそれほど変わらない。
私がそう返事をすると今度は☆次郎がまた驚いた。

「オヤジあんなに訛ってるか?」

「うん。程度は同じ。」


一緒に居て毎日聞いていると気付かない事もあるのだなと妙に納得してしまった出来事だった。


       <つづく>
      



以前の自分が書いたものをちらちら読んでみると
随分と雰囲気が変わってきたように思う。
数ヶ月前なんてほら

ボケとツッコミの関係

ふざけている訳ではないのだけれど替え歌まで歌っちゃってる。

回が進むごとに私らしさがなくなってきてしまった気がするけれど。。まぁいいか。でもこれからはもうちょっと気楽に行ってみようと思う。

そうそう、気楽といえば、ある当事者blogで「ぎしどこ」が語られているではないか。


>blogのオーナーさんには気楽に行って欲しいです。blogより、アスペルガー的な人をかかえた実生活こそが大変なのですから。


お〜なんというか、
これで気楽に対する罪悪感が薄れる気がしました。
ありがとうございます。



  

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